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7年前の勉強会/情は人のためにあらず

 昨日 7年前に私が営業の勉強会をやったときに参加されたある大手通信系企業の関連会社の方がご来社された。

 ある商品のマーケティングの件についてのご相談を受け、エムエムとして提案することになった。

 ずいぶん前すぎてその勉強会自体を失念している部分もあるが、当時頼まれるといろいろなところにいって勉強会の講師を無償でしていた。(今もやっているが)
 
 特にすぐに商売に結びつくことを狙っているのではなく、我々の会社・事業の考え方を理解してもらへる人が一人でも多くなること、また私がお話することで多少なりとも役に立てればという思いでやっていた。

 いつも思うことだが、ビジネスライク的に考えすぎると目先の損得ばかりで。自分の行動を判断してしまいがちだ。

 自分の今までを振り返ると、多くの場合転機となるチャンスや情報を持ってきてくれた人、またピンチの時に救ってくれた人は、その時よりも何年も前に出会いがあり、その後も目先の損得ではない価値交換や本音のキャッチボールを繰り返してきた人たちばかりだ。

 今 目の前に困っていて相談してくる人や、何かをして上げられることがあるのであれば、それはそれで小さな損得を考えるのではなく、出来るだけのことをするべきだと思う。

 結果的には何年もたってから、そういったことの積み重ねによる縁がプラスになって戻ってくる。

 
 「情けは人のためにあらず」という言葉があるが、これを間違って理解している人は多い。

 変に人に優しくすることは、その人のためにならない という意味ではないのだ。

 正しくは、人に情けをかけることは、いずれ自分に戻ってくるから自分のため という意味だ。

 
 「竜馬が行く」に出てくる話だが、竜馬が知り合った飲み屋の女性のかたきうちに 竜馬が真剣に相談に乗り、命がけで助けるシーンがある。

 
 竜馬の隣人が
 「天下国家について奔走している竜馬がさんがそんな事で命を落としたらしょうがないじゃないですか」 と言うと。

 「人は風呂場で転んで死んじゃうこともあるし、かと思えば死地と思われる戦場でも死なないこともある。そんな事を気にして、目の前にある困っている人を助けられなければ、どうせ大事など 成し遂げられる訳がない」と、一蹴してしまう。

 損得ではない価値観をもてる人が、大事を成す人なのかもしれない。

 今 上場してネット広告の最大手になったオプトの鉢峰社長は創業以来の知り合いだが、創業まもない頃、いつも「何か困っていることはありませんか?僕が何が手伝えることはありませんか?」と言っていたのを思い出す。

2010.02.02
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