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多くの理解してくれない人を見るか、少数の理解してくれる人を見るか/孤独感との戦い

 メジャーリーグの隼腕(右手の障害。手首から先がない)アポット投手の言葉に確かこんなのがある。

 「僕がメジャーリーグの投手になれることを多くの人は信じてくれなかった。でも僕自身は、いつかなれると信じていたし、少数ではあるがそんな僕の言葉を信じて応援してくれる人がいた。」
 
 「多くの信じてくれない人よりも、少数の信じてくれる人を見てきたから僕は孤独ではなかったし、自分は夢を果たせた」

 ベンチャー企業や、新しいビジネスを立ち上げるとき経営者の多くは孤独感にさいなまれる。

 これはビジネスに限らず、常識的に難しい夢を成し遂げようとする場合は一緒だと思うが。

 でもそのビジネスや夢に正当性や社会的意義、また本人のひたむきさがあるのであれば、必ず理解して応援してくれる人は現れる。

 多くの人は、「そんなことは無理だ!」とか「ちょっと変なやつじゃないの」とかいう傍観者。

 または自分もそんなチャレンジがしたいのに出来ないので、ある意味羨望の裏返しで中傷をしたり、じゃまをしたりする人たち。

 または理解しているようなふりをして、ホントはただ自分のために利用しようとして寄ってくる人たちだ。

 特に後者の人たちは利用価値がなくなると、手のひらを返したようにいなくなる。

 そんなとき経営者は孤独感にさいなまれることになる。
 
 でも、自分の周りを見回せば、ちゃんと理解してくれている人がいるはずだ。一人でもいるのであれば、それは孤独ではない。そもそもすべての人を理解者にすることは無理なのだから。

 私自身もいくつかのピンチの時に、何人かの理解者によって救われたことがある。

 もっとも近い人が理解してくれなかったとしても、また新しい理解者が現れ、次の山を越えていくことになるのだと思う。

 同じ事象でも、何を見てどう思うかで大きく変わっていくと思う。

2010.01.08
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