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パラドックス13/数学的連続性について

 私が東野圭吾の本が好きなのを知ってか、会社の仲間が本を貸してくれた。

 パラドックス13/東野圭吾 著

 平日は読めなかったが土日で、あっという間に読んだ。もともと本を読むのは早いほうだが、東野の文体はリズムがよくて、どんどん頭に入ってくる。

 放課後とか同級生とかの学園ものや、白夜行や流星の絆などテレビドラマになったもの、ガリレオシリーズも好きだし、直木賞をとった容疑者Xの献身は犯人の心情が悲しい。秘密とか手紙とかも懐かしい。

 今回のパラドックス13は、また新しいジャンルのような気がした。

 ブラックホールの影響か、超新星爆発の影響か、地球に時空のゆがみが13秒間だけ訪れる。

 その間に死んでしまった人は、時空の中の矛盾を戻そうという時空自体の大きな力の働く、廃墟となり地震と洪水に襲われる東京で生き延びるゲームをすることになる。

 当たり前だった以前の世の中のパラダイムはまったく通用しなくなり、彼らが新しいパラダイムとルールを創造しながら戦っていく。その中に一人ひとりの今までの人生観が垣間見える。

 まー物語自体は是非皆さんも読んでいただくとして。

 本の中での内容で面白いものがあった。
 時空が変わったときに、動くものと動かないものの区別である。

 以前から思っていたことだ。よくタイムトラベルとかトランスポーション(空間移動)とかする時に、どこまでが人間で動くのだろうという疑問だ。

 人間だけと考えたら、裸のままで、別な時空にいったときは裸でないとおかしい。
 超厳密に言えば、抜けおちた髪の毛は? 皮脂は? 鼻くそは人間の一部なのだろうか?
 お腹の中にある、食べたばかりの食べ物は?

 この本によると、その人間の影響をうける部分については人間の一部として一緒に動いている。
 当然洋服は無機質なものだが、その人間の意志によって移動するからだ。

 それ以前に宇宙(時空)の中にあるものを、数学的な連続性のあるものとないものに分けている。

 簡単にいうと自分の意志をもって動くものと、そうでないものだ。

 もし意志をもつものが宇宙に存在しないとしたら、遠い昔にビックバンがおこった以降、現在の状態はすべて決まっていたことになる。これを数学的な連続性があると言う。すべての出来事は玉突きの上の玉と同じで、最初のアクションが始まったら結果は決まっているのである。

 でも、そこに自らの意志で動くもの(数学的な連続性のないもの)が、存在すると、運命は未知なものになっていく。

 時空観や人生観を思うのにも、面白い本だと思った。

2009.10.13 | comment (0) | trackback (0)