そういえばブログで広報するのを忘れていましたが、インターネットテレビの社長TVの取材が終わり配信が始まりました。
下記がURLなので、興味のある方は見てみてください
http://www.shachotv.jp/president/channel.php?president_id=109
自分の映像って、なんだか照れくさい。自分が思っているイメージと人から見えているイメージの違いがずいぶん確認できてよかった。(もっとやせているイメージをもっていたが、やはり気のせいだった)
よく言われることだがコミュニケーションの成果は、話の内容の方が比重が低く、見た感じのビジュアルが及ぼす影響の方が多い。
いつか友人のコピーライター社長のT社長が「コピーを考えるには、まずビジュアルがどう移っているかを理解しないとダメなんだよね!」と言っていて、なるほどと思った。
自分の言いたいこと、自分のビジュアルとのバランス。何かを表現し伝えていくためにはそういったことも考えないといけないようだ・・。
企業が成長していく時に、エポックになる仕事が必ずある。
あるひとつの受注や仕事が、なかなか進まなかった事業の展開を加速し、そのひとつの風穴から未来が広がっていく。そういった仕事に立ち会うことが出来るのはベンチャーで働く冥利につきると思う。
MMにおいても過去にいくつかそういう仕事があった。
3年前の秋に、ある上場ベンチャー企業から受注したコールセンターアウトソーシングの仕事もそのひとつだろう。また昨年の7月に協賛型の大型イベントを受注し、顧客満足を勝ち取り、今年もリピートさせたことは大きな意味のある仕事だった。
今回も、またそんな受注があった。おそらく○○以降と後から振り返ることになる可能性の高い仕事だ。
これを契機にさらに成長を加速したい。
しかし本当のチャレンジはこれからだ。
顧客の期待に応えられた時にはじめて、歴史を変えた業績になる。
いつもの全国の社長が集まる会合で、広島は宮島に行って来ました。
今回は去年の目標の年間表彰があり、私が昨年の目標達成率70%以上ということで表彰されました。
毎年仕事とプライベートでそれぞれ5こずつくらいの目標を設定し、年間で達成率が70%以上になると会から表彰されます。私はこの会に入って5年目ですが、初めて表彰されました。といっても30社以上の参加企業があって、いつも表彰されるのは1~2社なので、結構大変なのです。
そういう意味では大変嬉しい出来事でした。
会合と夜の宴会が終わると、やかた船に乗って、宮島の鳥居をくぐりにいきました。
夜の闇の中にライトアップされた社が神秘的で、何か厳粛な気持ちになりました。
いろいろとまた刺激を受けたので今年も表彰されるべくがんばります。
いつもはフットサルをやっている日曜だが、今日は午前中の雨のために中止になった。
久々に他に予定もなく、一日家にいた。自分の部屋を掃除したり。書類の片付けをしたり。本を読んだり。
もともと本が大好きなのでブックオフとかに行って週に10冊くらいまとめ買いしてある本がある。
その中から選んで寝る前とか休みの日に読む。ダイエットをかねてお風呂に入りながら読む。
今日もそんな一冊「赤い指」 去年直木賞をとった東野圭吾の本だ。
ミステリーだけど、家族や老人介護、認知症などのテーマも入ってなかなか面白い。
子供を守るために、認知症(ぼけ)になっている母親を殺人犯にしたてようとするお父さんとお母さんの話だ。
東野圭吾の話は、いつも最後にサプライズがある。それもよい意味でヒューマンなサプライズで、少し心にくる。「秘密」とか「魔球」とか・・。
読み始めたら止まらず、風呂場で読みきってしまった。長風呂すぎてフラフラになったが、湯船で少し涙ぐんだ。汗と涙の分、多少はダイエット効果もあったと思う。
新卒セミナーで企業文化の話をする。
MMとって大切なカルチャーを言葉にすると「ベンチャーマインド」と「サービス精神」だ。
新しいものを創造しようとする心。新しいものを生み出していくことがワクワクとして楽しいという感じ。
誰かの役に立つこと、ちょっとした気配りや配慮。それによって相手が喜ぶと嬉しいと思う感じ。
そしてそういう風に自然にふるまえる、雰囲気がある職場。
結局人が何かを生み出していくのが事業の本質だから、その事業にあった文化を創っていくことはとても重要だ。
事業と文化があっていないと、うまく人が機能せず、結果パフォーマンスがあがらず業績が伸びない。
創造性が必要なビジネスには自由な文化が必要だし、確動性が必要なビジネスには規律ある文化が必要だろう。
MMの事業にあった企業文化を、今後も創っていきたいと思う。
インターネットテレビで社長のインタビューを集めた、「社長TV」に出ることになり、昨日撮影を行った。
インタビューアーからいくつかの質問をされてそれに応えるかたちだが、ほとんどがプライベートっぽい質問だった。まートップの人間性を表現しようという企画なのだと思った。
過去の出演者をみると、新興市場での上場クラスの社長がずらーと並んでいる。お知り合いの方も何人かいた。
家族のこと、サッカーのこと、今までの人生のことなど質問に答えながら自分で確認していくような気分になった。
夜はお客様であり、友人であるHさんの紹介で転職を考えているキャリアウーマンの方とお会いした。
まだ、転職の動機や選択基準がはっきりしていない部分もあるようだ。
ビジネスを発展させていくときに、もちろんビジネスプランは必要だ。
ただベンチャーの場合は、あくまでもそれは仮説にすぎないので、結局のところはやってみなければ解らない。
十数年経営をしてきて思うことは、「誰とやるか?」「誰にサポートしていただくか?」の重要性だ。
まずは会社の中心的なメンバーのマネージメントチーム。そうは言ってもすべての価値観や経験が一緒な訳ではないので、意見の相違は必ずおきる。そういった時にそういった仲間がいてくれることにまずは感謝の気持ちをもっていることが重要だと思う。その上で真摯に言うべきことが言える関係を普段から構築していくこと。
そしてある程度の規模になるとVCや証券会社、各種コンサルタントの方などにサポートをお願いすることになる。もちろん彼らは商業的合理性として自社をサポートしていだくことになるが、相互理解が深められるような関係性、結局最後は人なので、人としての信頼感が必要だと思う。
そうでないと順調に言っているときはよいが、うまくいかない時に素直に相談できなくなる。
どちらにしてもそういった仲間やサポーターの方々がいることに自社の事業や経営としての自信と彼らへの感謝の気持ちをもつことが重要だとあらためて思う、この頃だ。
今日は長女みらい(高2)の誕生日、みなと(中3)の受験の合格祝いをかねて仕事をはやめに上がり家族で食事にいった。
いつもイベントの時は私がはやく帰って料理をするのだが、たまには外食をしようということになった。
いったのは地元日野市にある家庭料理風フレンチ。このフレンチはちょっと変わっていて、我が家の3人の子供たちが生まれた産婦人科と業務提携している。産婦が大変な思いをしてお産を終えると、このフレンチから料理が届き、お祝いをかねて食べるというようになっている。
うちの奥様は3回食べたことになる。
オーナーシェフに「この子たちはみんなそこで生まれたんですよ!」と話したら喜んでいた。
でも子供たちにとっては、はじめてのちゃんとしたフレンチ。
幸い他にお客様がいない貸しきり状態だったのでよかったが、特にのんちゃんは、
「このイチゴ味のソースまずーい!」とか
「僕 カレーライスの方がよかった」とか
みなとも
「なんでいちいち皿を取り換えるの?洗うのが大変じゃん!」
(ちなみにみなとは家族では皿洗い担当をやっているのだ)
みらいはちょっと大人なので、結構初めてのフレンチが気に入ったようだが・・。
まー 何事も経験だから、よいか!
シェフさん すんませんでした。
今日はエムエムにとってのはじめての本格的なプライベートセミナーを行う。
http://salessupport.jp/news/2007/02/seminar.shtml
場所は大手町のサンケイホール。
営業の科学に書いた内容を中心に、営業の分業化やその実践、導入事例などについて紹介する。
スタッフも頑張ってはじめてのセミナーの準備をしてきた。再来週にももう一度行うが、反響が楽しみである。
ちょっと心配なのは、1時間半くらい講演しなければならないのだが、花粉症がひどく、途中でくしゃみと鼻水に悩まされそうなことだ。鼻炎カプセルを飲んで頑張ろう。
長男のみなと(中3)が高校受験でなんとか合格したようだ。
別に普通の都立の高校だが・・・。
私自身も横浜の公立高校だった。中学2年の時に両親が離婚したこともあり、私立にいける状況ではなかったので、はじめから公立一本だった。
中学3年の進路相談のときに、担任の先生が私立併願できないなら、合格確率の高いT高校を受けなさいと指導された。でも、自分としてはサッカーの強かった南高校に行きたかった。しかし当時の自分の学力では、ギリギリのライン。
そしてその年の正月の全国サッカー大会の神奈川県予選で、南高は決勝まで行って残念ながらPK戦で負けて全国行きを逃した。でもその試合を見て余計に南高に行きたくなった。
担任の先生の目の前で、先生が用意したT高校の願書をやぶって「俺は南高を受ける!」と言った。(今考えるとなんて失礼な奴だ)
母子家庭だったので母親も反対していた。
試験が終わって発表の日。合格の報告を電話で母親にした。今日、そんな連絡をみなとからカミさんがもらっていて、なんだか懐かしい感じがした。
しかしなんとか入学できた南高だったが、勉強ではずーと学年最低ラインで過ごし、サッカーも公式戦は2試合しか出場できなかったし、途中で辞めてしまった。
でも、今の常務の上田や、以前役員だった宮田、T社のG社長や、今のクライアントであるT社のHさんなど、多くの友人と知り合うことが出来た。
たかが受験だけど、よく考えるとその後の人生に大きな影響を与えている。どちらにしても自分で決めたことだから。みなとも自分で決めた結果だから。