いつからだろう、物事を理解する深さについて、考えるようになった。
20代の頃や、会社をはじめたばかりの頃は、本を読んで自分で勝手に「解った!」と思った瞬間にもう自分は出来る気分になって、動き始めていた。結局そんなに簡単には出来ないいんだけど、とりあえずやってみる事で結果的に出来るようになったことも多かったと思う。
会社を始めたばかりの頃、お客さんに「MMさんはって、CI(コーポレイトアイデンティティ)って、できるの?」
と聞かれた。その時の会社の社是が「出来ないとは言わない、やれる方法はあるはずだと言う」というものだったので。
「はい、出来ます!」と言って、受けちゃって。「今度見積もり持ってきます」と言って帰った。
帰りに本屋に行って、手あたり次第に「CI(コーポレイトアイデンティティ)」の本を買って、夜何故かカウンターバーに行って、飲みながら読破して、数日後には見積もり出して、しかも受注してた。
数年たって、あるセミナー会社の社長と知り合って(この社長は今は結構有名になっているが)もとブリタニカ(英会話カセットの販売の会社)の先輩ということもあり、その社長のセミナーに通うようになった。
その社長から学んだことはたくさんあるが、一番印象深い言葉がこの「知る、解る、行う、出来る、伝えられる」である。
人はバカにみられたくないので何でもしったかぶりする奴が多いが、へたするとほとんどが最初の「知る」のレベルである。例えば営業のやり方を「知っている」。ただ知識として知っている。結構こんなレベルの人でもコンサルタントとかやっている人もいる。「解る」レベルになると多少は、比較や一般化できるが、基本は「行う」事であり。それが成果が出来るレベルで「出来る」になって、はじめて価値を持つ。
こっから「伝えられる」になるには、さらに高い壁(というようりは価値観やスタンスの変更が必要)がある。
一つのことを深めていくには、それなりのプロセスが必要だ。ただ一つのことを深くやっていると、いつか頭の回路がつながって、瞬間理解できるようになることがある。
その人の理解のレベルがどの程度にあるのかは、ちゃんと眺めていれば解るはずだ。
問題は、簡単に「解った」と思わないことだろう。さらなる深みを持とうと思えば、さらに強くなれる。