今日は2ヶ月に1回の「リーダーズ21」の会合がある。
六本木ヒルズに居を構える社長にゲストスピーチをしていただき、場所も大会議室をお借りして行う。
現状の参加予定人数は35名くらい。そのうち7割は社長さんで、大学生や水商売の人もいる。なんだかんだでもう25回目となった。
4年前の11月にスタートして最初は、六本木の友人の会社の会議室で20名くらいでスタートしたが累計メンバーは150名くらいになったと思う。
多くの出会いがあり具体的なビジネスもたくさん生まれた。MMの社員を勉強のために毎回最低1名出席させるようにしている。どんな会合になるか今日も楽しみだ。
5月2日は結婚記念日。毎年カミさんと食事をします。
5月2日に初デートして、1年後の5月2日に入籍したので、その日を記念日にしている。去年は、洋画版シャルウイダンスを一緒に見に行ってそのあと食事した。終わって家に帰るとテレビで日本のシュルウイダンスをやっていた。
はやいものでもう17回目。
29歳で結婚で31歳で独立、長女誕生だったので、結婚生活と子供の成長と会社の成長がパラレルな時間の流れになって記憶されている。
いろいろなものを一緒に創ってきたということ。
カミさんが会社に残って仕事をして、私が保育園に迎えにいったりと、連携プレーをしていたことが懐かしい。そんな子供たちも大きくなり目を細める今日この頃だ。
昨日はある営業勉強会の講師をやったお礼として、接待を受けた。
恵比寿の個性的な焼き鳥やからはじまって3件。それぞれ特長のあるお店に案内された。多岐な話題になり楽しい時間を過ごさせていただいた。
そういえば以前広尾に本社があったころにはよく恵比寿で飲んだ。安い居酒屋で会社の仲間と仕事の話ばかりしていた。
ある給与計算アウトソーシングベンチャーの社長と恵比寿の居酒屋で飲んだのがきっかけで、ニューヨークに行くことになり営業の分業化という考えにめぐりあった。
それが今のMMの事業の原点となった。3件目を終わって恵比寿で夜空を見上げてそんなことを思い出した。
昨日の日曜は、いつもの仲間と鷺沼でフットサルをした。最近は最初の1時間は基礎練習とかボール回しとかシュート練習をしてからゲームを行う。
結構この最初の練習で足がパンパンになってくる。最後は少しふくらはぎがつりそうである。
(実際前々回は、最後は足がつって負けチームが行うグランド5周が出来なかった・・・。だいたい高校の部活じゃあるまいし、グランド5周はいらないでしょ・)
ということで月曜は基本的に筋肉痛である。これからゴールデンウイークにかけてほぼ3日おきに練習があるので、がんばらねば・・。
ゲームを行うチーム分けの時、いつも年齢順に並ばされる。
年の順に並んだ人たちを2チームのときは交互に、3チームの時は3つに順番に分けていく。これで年齢的には公平なチーム分けが可能になる。
私はいつも上から2番目になる。(昨日は珍しく3番目だったが)いつも一番上は決まっている。チームの精神的支柱「ラストサムライ」こと、確か51歳のMさんである。
Mさんは、いつも一番元気で「おーはやくやろー」とか言って、一番走っている。おやじらしい汚いタックルもあるので要注意だ。
裸になると腹筋が筋肉で割れている。ロンゲを振り乱して走る姿が、なんだか落ち武者みたいなので「ラストサムライ」と言う訳だ。
そのMさんが昨日の練習ゲームでなんとダイビングヘッドで得点を決めた。その後は、決まったことでさらにモチベーションが上がったららしく、すばらしい動きを見せていた。
5つほど後輩の私としては、刺激をうけるばかりである。
一昨日の夜、原宿の会員制のレストランに知り合いの社長6名が集って飲み会をした。
六本木ヒルズに居を構えるモバイル系の会社や電子決済系、六本木の花屋さん、海外ファンドを取り扱う会社など様々なメンバーだった。
10年以上も前からのお付き合いの方や今回はじめて飲む方もいた。
初めて飲む方も、東京で10年以上も社長をやっていると、だいたい知り合いの知り合いだったりする。なんだかんだ言ってやはりちゃんと会社を続けていればこそ、そういった機会もあるのだなと改めて思う。
とても楽しい飲み会でした。
昨日家に帰るとみんなの晩御飯は終わっていて、リビングのテーブルの上に、何やら印刷されている紙が置いてあった。何かと思って見ると、長男 港(みなと/中3)のクラスの仲間の人物紹介みたいなものだ。
好きな食べ物とか、将来なりたい職業とか、好きな言葉みたいな欄があって、名前がずーと並んで各項目にいろいろなことが書いてある。
やはり自分の息子が気になるので、港の名前を探して内容を見てみた。
好きな食べ物 「お寿司」
ふむふむ いつも家族で回る寿司にいくと港は一番多く食べて、お皿15枚くらいは積むからな。なるほど。
将来のなりたいもの 「特になし」
うーん ちょっとさびしいけど、まーまだこれから探すんだろうな・・。
好きなテレビ番組 「天気予報」
うーん。天気予報が好きなのか。なんか変わってるな・・。他のみんなは「プロ野球中継」とか、「エンタの神様」とか書いてるのに・・。
好きな言葉 「2度あることは3度ある」
えっ なんかこれおかしくない・・。普通好きな言葉とかに書く内容じゃないよな?「2度あることは3度ある」この言葉のどこらへんが好きなんだろう・・。うーん。
4月に入った新卒新入社員3名と昨日飲み会を行った。
ただの飲み会ではもったいないので、接待研修ということにした。私と女性社員がお客様役で、他の男性2名が接待するほうの営業担当役である。
席のつき方、オーダーのとり方、ビールの注ぎ方など最初は細かい部分についてアドバイスした。
しかし後半はただの酔っ払いとなり、研修であったことを失念してしまった。
そして女性社員は先に帰り、男性社員2名と2件目のお店に・・・・・・。
そういえば昔、誰とは言わないが、私と今は幹部になっている弊社社員と二人でお客様を接待したことがあった。
お客様のお酒がなくなっているのを見て、「ウーロンハイお代わりしましょうか?」と私が訪ねて、「お願いします」とお客様。
私がお店の人に「すいませーん ウーロンハイお代わりお願いします」と、言ったら、その弊社社員が「あっ 僕も!」と。私は目が点に・・。
「僕も!」じゃねーだろ。お前が気づいてお代わりをすすめるんだろ!
昨今 必要以上にかしこまった接待は必要ないが、最低限の気配りと配慮は欲しいものだ。我々はサービス業だからね。
最近、直木賞をとった東野圭吾にはまっている。1日1冊ペースって感じ。
昔ブログではなく「社友報」という紙メディアを発行して、月に1回株主さんや友人知人、親しい取引先や従業員に送っていた。
ほとんどの文章を自分で書いて配布していたが、その中に「今月の飲み」と「今月の読書」というコーナーがあった。
1ヶ月間に自分が読んだ本と飲んだ人の名前をオープンにする。(もちろん差し支えない範囲でだが)
仕事の件で外部パートナーさんと飲んだりしていると、「これって今度の今月の飲みに僕の名前が出ちゃうんですよね」とか、言われた。
人間の体の細胞は、だいたい3ヶ月で入れ替わるという。ということは、この3ヶ月間に食べたもので自分の体は出来ているということになる。
同じようにこの3ヶ月間で自分がインプットした(その多くは僕の場合、飲んだ人と読んだ本)もので、自分の頭の中が出来ていることになる。
自分がどんな奴かを語るより、どんな人と飲んでどんな本を読んでいるかをオープンにした方が自分のことを正しく理解してもらえる思った。
最近皆さんはどんなインプットをしていますか?
こないだテレビで「タイムマシン」という映画を家族で見た。
自分が小学校くらいの時にも、同じタイトルの古い映画を見て、ドキドキワクワクしたのを覚えている。その時ほどのワクワク感はなかったが、子供たちは真剣に見ていた。
突発的な事件で婚約者が死んでしまい、ある科学者がその事実を変えるためにタイムマシンをつくる。そして彼女が生きていた場面にもどって、やり直すが、やはり彼女は別な事故で死んでしまう。
何故タイムマシンに乗って過去を変えても、彼女はそのたびに死んでしまうのかという命題に主人公である科学者は悩む。
その答えは?
彼女が死ななければ、その科学者はタイムマシンを創ることをしなかったからだ。
タイムマシンを創って過去に戻るという現実は、彼女が死んだ事実の上に成り立っているからだ。
なんだか禅問答のような話だが、子供たちも理解していた。
未来から過去をみる発想というのはとても面白いと思う。
いろいろな制限を飛び越えて、ありたい未来を描き、今の自分からの道筋を考える。そして時空を超えた想像の旅から、リアリティな日常に落としていく。
子供のような時空を超えた発想と、大人のもつリアリティのバランスが人生を豊かにする。
「サッカーが上手な人はどんな人?」って、子供たちに聞かれることがある。
先日セミナーの講師をやった時に「営業マンの質を上げるにはどうすれば良いか?」という質問を受けた。
営業マンの質については、別な機会に記したいが、今日はサッカーの上手な人ということで少しまとめてみたい。
まず「サッカーの上手な人」を、「サッカーの試合で活躍できる人」と定義したい。サッカーのゲームで勝つために、味方の勝利に貢献できる働きの出来る人ということである。
次にサッカーというスポーツの特性について少し考えてみたい。
(これは何故自分がサッカーが好きかということにもつながるが・・・)
「一人一人が多くの選択枝の中から、自分でどうするかを決めてやるスポーツ」
ということだ。他のスポーツを否定する訳ではないが、例えば野球においてはバッターは打ったら一塁に走ると決まっている。ゴロをとった内野手も、2つ3つの選択枝から、どこに投げるかを決める。唯一ピッチャーだけが多くの選択枝の中から、投球内容を決める。そもそも野球には監督がいて、選手は試合中もおおむねその支持い従う。そういう意味では、どうするか?ではなく、とうやれるか、いかにその選択肢どうりにやれるかがポイントになる。要は技術ということだ。
一方サッカーはゴールキーパー以外は、ほぼ大きな決まりはないので、自分でどう動くかを決めなければならない。
なので経験のない人がサッカーのゲームに出ると、自分がどうしてよいか解からない状態になる。バスケットなども近いスポーツだが人数や広さの関係で、選択枝が少ない。すべてのスポーツを言及できるわけではないが、ということでサッカーにおいては、自分がどうすれば良いのかを決めるということがとても大切になる。
ということで1に判断、2にフィジカル(体力)、3に技術だと思う。
ボール扱いは上手だが、そういう人ばかりが日本代表にならないのはそういう訳である。
仕事においてもその仕事の特性から、何がトッププレーヤーに必要なのかを考えるのはとても重要だ。
昨日は中小企業の社長様60名ほどを対象にセミナーで講演をした。
テーマはもちろん「営業の科学」である。
営業を科学すること、分業すること そして営業の技術を一般化して 知識にして、学べるようなものにすること。
日本の営業文化を変えるための情報発信をし続けることが、MM総研のマーケットを創ることになる。出版もそのためだ。
そういった意味もあって、講演や勉強会の講師の依頼があると、できる限りお受けすることにしている。
営業の件は経営に直結する話なので、講演のあとのディスカッションでも多くの質問を頂いた。適切なご返事ができたかどうかは解らないが、経営者の皆さんの真剣な思いが伝わってきた。
夜は某大学の会計学の教授の方と会食をした。大学教授の方に知り合いがいないので、多少の好奇心もあって、ちょっとした縁からの出会い(飲み屋で知り合った)でこちらからお誘いした。
しらふの状態から会うのは始めてである。
ご本人曰く「私は一般的な教授のモデルにはなりませんよ」とのことだが、十分にいろいろな刺激を頂いた。
後半は、酔っ払ってお互いいつもの感じに戻っていたが・・。
毎日のいろいろな方との出会いが、とても嬉しく感じる今日この頃だ。
エムエム総研を創ったとき、はっきりとした事業プランがあった訳ではない。
創業時、営業力があるメンバーが多かったので、各人が売れるものを売って生業を立てていた。紆余曲折して今の事業ドメインに行き着くまでには結構時間がかかった。
本来経営者の仕事は、どの場所で何を強みして戦うかを決めることだが、それ自体を経営しながら考えることになった。
ただそんな感じだったので、経営者として会社をなんとか存続させる知恵については逆に学ぶことが出来た。
また、続けることが出来たので今の事業プランに出会えたし、今の役員や社員とも出会えた。
よく「地の利」「人の和」「天の時」と言う。
「地の利」これは言い換えればビジネスプラン
「人の和」これは、一緒に戦う役員や社員
「天の時」これは、事業を行うタイミング
地の利と人の和は、経営者の力量や努力で補うことが出来る。
天の時だけは予測することが難しい。
しかし続けていれば、天の時に出会える。
だから経営者は、寡黙に続けることが大切なのだと思う。
エムエム総研は、お客様からのクレームが少ない会社だ。
ただ最近は、一人あたりの業務量も増え、メンバーの成長がお客様の期待に追いつかないケースもあり、残念な話だが、お客様からお叱りをうけるケースも多少なりとも出てきた。
ミスは起こしてはいけないが、人為的な作業であればある確率で発生する。
お客様とのコミニュケーションの行き違いによる、クレームはもう少し多く発生する。これはこちら側の配慮の問題だ。
常に間違いや行き違いは起こると想定した仕事のすすめ方が重要だ。これは以前このブログにも記した「かもしれない運転」のスタンス。
ただ一番の問題は起きたトラブルやクレームに対する対応を間違えることだ。
トラブルやクレームの時は、逆に言えばお客様の期待は上がっている状態。ここを真摯に受け止め、誠意と現実性をもった対応をすればさらなる信頼を獲得することが出来る。
まさにピンチはチャンスである。そしてクレームやトラブルなどの緊急時の対応で、その人の成長曲線が決まっていくのだと思う。
グリーのSNSに参加している。六本木の友人である社長の紹介でネットワークに入った。友達の輪が少しずつ広がって、日記やコメントのやりとりをするようになった。
その六本木の友人は、コピーライターでもあるので、1日1コピーをブログしている。そのコピーにちゃかしのコメントを入れる。そのちゃかしのコメントにさらに、意見を加える女性がいた。
昨日、六本木でその友人とその女性にお会いした。私は異業種交流会の勉強会のあとに合流した。
ネット上でやりとりしている人とリアルで会う。「オフ会」みたいな感じ。初めての経験だ。
なんだかグリーに乗っている写真とコメントでは少しきつめの印象だったが、お会いしてみるとなんだか柔らかな感じの女性だった。しかもばりばりの関西弁。
その女性は、六本木の友人のビジネスに参加する事になるらしい。グリーでリクルーティングが実ったことになる。
ブログとSNSはおそらくこの後のビジネスシーンでのキーワードになると思う。この2つの仕組みを使ったビジネスがいろいろと生まれるだろう。
そう言った意味でも自分自身でそのネットワークの力を感じるよい経験になった。
今朝、寝ていたら長女のみらい(高1)が、「パパ パパ 大変 遅刻が 自転車のカギが 入院で 点滴で 大丈夫なの!!」と、何やら訳のわからんことを叫んで私の部屋に飛び込んで来た。
いつも何を言っているのか解からないみらいだが、話を要約すると
「カギを学校において来て、自転車で学校に行けない。でも電車(モノレール)ではもう間に合わない、みらいの無遅刻無欠席記録が、パーになってショックで寝込んで、入院して点滴打つようになっても、パパ 大丈夫なの?」
と言う事らしい。
要は車で学校に送っていけということだ。
しょうがないので眠い目をこすって、パジャマのまま車に乗ってみらいを乗っけて、学校に向かった。
みらいの学校まではモノレールで4駅くらい、自転車で30分くらい。車なら、すいていれば15分くらいで着くはずだ。
みらいは助手席に座って、なんだかずーと話している。
「なんとかチャンがね、昨日なんとかで、あー そこ右に曲がって!」
友達の話と、道案内がごっちゃになって話すので運転する方は大変だ。
学校に近づくと、
「そこ右に曲がって、その後の坂を上っていって!はやく、はやく」
右に曲がって目前にあったのは、確かに坂だが人間ひとりがやっと通れる幅の道だ。
「なによ なんでこの車こんなに大きいの!入れないじゃない!」
普通のセダンで、たいして大きな車ではない・・。
「じゃー 別の道から あっち そこ右! じゃなくて左!」
もし彼女がタクシーに乗ったら、運転手さんに同情するな・・。
なんとか時間には間に合って学校の門の側で降ろし、みらいは走って行った。
「パパ ありがとー 行ってきまーす!」
元気なのは良いことだが・・。
そう言えば、まだみらいが赤ちゃんの時に、よく夜中に泣いて、寝付けないことがあった。赤ちゃんの時みらいは、車に乗せるとその振動がちょうど良い感じらしく、すやすやとよく寝ていた。
ある日いつものように夜中に、みらいが泣いてしょうがないことがあった。
ひょっとしたら車に乗せたら寝付くのではと思い、夜中に赤ちゃんのみらいを車に乗せてドライブしたことがあった。
久々のみらいと2人っきりのドライブ。
あれから16年。月日のたつのは早い。
頭の中には、いつもいくつもの課題を抱えている。でもある意味緊急度の低い問題に関しては、あえてほっておいて、期日の近くまで頭の片隅にほって置いておく。
何故なら一生懸命考えても回答のイメージが沸かないもの多いからだ。特に未知なる領域の仕事の場合はそうだ。
かと言って問題をただ放置しておく訳ではなく、ともかくいろいろとインプットする。これが重要な気がする。柔軟な頭で、あまり関係性のないような本や記事、人との出会いなどを繰り返す。
そうするとある時ピンとくる瞬間がある。するとまさに氷が溶けるようにいろいろなイメージが沸いてきて、すーっと頭の片隅にあった問題の解答が得られる。(あとであまりよいアイデアではないと判明することもしばしばだが、それはそれでいい)
会社や事業とって重要な判断やアイデアは、電車の中とか、夜中に夢の中で考えていて飛び起きてとか、飲み屋で話している時突然に生まれたり決めたりしている事が以外に多い。もちろんその判断やアイデアを仕上げる熟考の時間がその後に必要ではあるが。
これってよく2時間サスペンスドラマとかで、主人公が推理に行き詰まり、事件とは関係のない人のしぐさなどを見て、ピンと来て、事件解決の糸口になるのと似ている。
(もっともほとんどが、わざとらしいシーンではあるが)
不思議なものでその問題を解決しなければならない直前にピンと来ることが多い。やはりほっておいているようで、潜在意識ではかなり気にしているからだろう。
でも最近飲みすぎると何かよいアイデアを思いついたような気分だけ残っていて、中身を忘却していることも多い。
その時は忘れないようにと、名詞の裏とかにアイデアをメモしたりしているのだが、何せ達筆のために、後でみても自分で読めない。困ったものだ。
リクルート時代に25歳で横浜営業所のゼロワン(普通の会社で言えば、課長職の下で頑張る営業係長みたいな感じ。一番売り上げを上げて、メンバー指導とかもやる)に、なった。
そのときの上司が、最初はあまりうまの合う人ではなかった。(営業所の他のメンバーからも、あんまり人気がなく、自分の方がリーダーシップを発揮できていると当時は思っていた)
その上司からいろいろと怒られても、なんだか心の中ではちゃんと尊敬できていないし、自分の事を解ってくれていないと勝手に思い込んでいたので、あんまりちゃんと聞いてなかった。
でも一方で、その上司から言われることはとても当たり前のことで(当たり前すぎて腹が立つ)、また一つ一つ仕事を着実にかつしぶとく片付けていく姿は、自分とはタイプが違うが、悔しいけど少し尊敬もしていた。
1年くらいかかったけど、この人は自分にはない長所をもっているので思い切って吸収してやろう、そうすればもっと自分が成長できると思うようになった。
自分がそう思えるまでは、業績も営業所の雰囲気も今ひとつだったが、自分が接し方を変えるようになって、業績も好調になっていった。そしておかげで自分は、その営業所の所長になり、上司は違う営業所へ移動していった。
その上司の方とは、今でもお付き合いさせていただいている。
今考えると、その上司と一緒にすごした期間が最も成長できた時間だったかも知れない。
上司の力を認め、受け入れて自分を変えることで、ひとつ大きくなれたのだと思う。
高卒で入った会社はちゃんとした入社式がなかった。その後転々とした会社も同じだった。
今日はエムエム総研の入社式である。5名の社員が入社する。嬉しいかぎりだし、なんだか新鮮な気持ちになる。
リクルートでアルバイトを始め、苦難の道を乗り越えて社員試験に受かって、何年か前の4月1日入社式に出席した。
入社式は赤坂のホテルニューオータニで行われた。そのころの自分は横浜しか知らない田舎者だったので、赤坂見附の駅で降りてホテルの姿は見えるのだがどうやってたどり着いたら良いかが解からず・・・。結局入社式に遅刻した。
でもあまり怒られなかった。そこらへんはリクルートらしい。
その後新入社員研修とか受けて、なんだか初めて研修というものを受けたと感じた。
フルコミの営業であるブリタニカ時代に、先輩のプレゼン技術を盗むために喫茶店に内緒で着いて行って、すぐ後ろの席で探偵のように、プレゼンを盗み聞きしながら仕事を覚えたので、なんだか給料もらいながら研修に出るのは違和感があった。
どちらにしても受け取る側の強い成長欲求がポイントなんだと思う。みな頑張って欲しい。
ブログの仕組み自体をいろいろといじって見た。
広報の一環として社長ブログをかいているが、ビジネスツールとしてのこれからにブログとSNSは欠かせないと思う。
今後この2つの仕組みを使った様々なビジネスが起こるだろうし、またエムエムにもそれがチャンスを創ることになるだろう。
ということでブログのデザイン変えてみた。