このブログの記事のカテゴリーは、「私事」と「仕事」と「科学」と「サッカー」になっている。よく考えると自分でそうした訳ではないが、誰かが設定して最初からそうだったので、そのまま使っている。
たまにこのブログを書いていて、この内容って「私事?」それとも「仕事?」って思う時がある。個人的には、「遊学働の一致」という考えなので、可能であれば遊ぶこと、学ぶことと、働くことは一緒の方が良いと思っている。
たまに家族で手作り餃子を作る。一番下の子がなれない手付きで、餃子の皮に具を入れて包んでいる。
おにいちゃんに「へんなかたち!」とか、言われながらも、楽しそうに餃子を包んでいる。そして「やった!うまく出来たよ!」
これは、遊んでいるし、お手伝いしているし、学んでいる。子供のときは遊ぶことと学ぶことと働くことは一緒だが、大人になって一緒にすると怒られることが多い。
でも可能ならばその方が人生3倍楽しめる気がする。ということでこのブログを書くときも義務や仕事でなく、楽しく書いている。またちょっとずつ書き方も勉強している。
さて今回の内容は「私事」だろうか?それとも「仕事」だろうか?
新卒の説明会をやったとき「BTOB」とか「BTOC」とかの言葉を知ってますか?と聞いたら、半数くらいしか手を上げなかった。半分くらいは意味が解からないらしい。
普段話している言葉の意味を半数がわからない状態でセミナーをやるのは結構難しいと感じた。
「言葉はラベル」だから、その人によって意味が違うこともあるし、だから誤解とかがうまれちゃうんだよね。
そう、言葉が先にあった訳ではなく、ある行為とか現象に記号としてつけたのが言葉。だから私の「頑張る!」と、君の「頑張る!」は違うのが当たり前。
「もう少し頑張ってくれると思ったんだよな・・」と私
「でも、僕なりには頑張ったんです・・・」と君
なんていう会話も、だから生まれてしまう。
昨日家族で夕食のときに「独身」という言葉が出て来て、小学生で次男ののぞむが「ママ、独身ってどういう意味?」
ママは今、のぞむに漢字を覚えて欲しいと思っているので、
「独身の独は一人という意味で、身はからだでしょ」って、伝えた。
「そうか独身って、からだがひとりぽっちっていう意味なんだね」とのぞむ。
なんだか、言いえて妙だと思ったのは私だけか・・・・。
新卒向けの就職セミナーを行った。
セミナーでも話したが、「就活」って、その活動を通して自分の価値観、就業観、ひいては人生観を確認していく作業だと思う。自分のモノサシを持たないと、そもそもどんな会社も選べない。
自分が過去どんなことをしていた時に最も活き活きしていたのか。何を楽しいと感じるのか。どんな人の役にたちたいのか。ひいては自分の人生が終わりを迎えるとき、今まで接してきた人たちに、どんな人だったと思って欲しいのか。
自分の中にある根源的な事との自己対話を日々吸収する情報とともに検討していくことになる。またそうした方が良いと思う。何故ならば自分が本当に好きだと思えるテーマを仕事に出来る人は最も幸福だから。
また今の日本は以前と違い会社が自分を守ってはくれない(本質的には今までもそうだったのだが)。自分を守るのは自分が保有する力だけである。でも20代はある程度の失敗はゆるされる。だから失敗する可能性があっても、本当の力が身につく環境を選ぶことが重要だと思う。
正解な選択はない。決めたあとに本当にパワーが出るように、自分が納得できる選択プロセスを通るだけだ。みんなのよりよい選択を応援したい。
昨日はリーダーズの会合があった。参加者は35名くらい。私が司会進行を行うのだが、約1時間半くらいかけて、35名の方全員に近況報告や新人の自己紹介をおこなっていただく。
何故かこの会合はマッサージつきで、自分の発表が終わると次の人がしゃべっている間マッサージが受けられる。
特に一人何分とか明確に決めていないし、話題の内容も定義していない。タイムキーパーもなしなので各人が自分の判断で時間や内容を考えて報告することにしている。
概ね一人2分~3分くらいなのだけど、時間の流れを考えずに準備してきたねたをダラダラと話す人もいれば、内容の濃いお話をユーモアを交えながら、あきさせないで話す人などいろいろである。
特に発表者の評価を行うわけではないが、なんとなくその場の空気でみんな解る。結局空気の読めない発表をする人は「あいつは空気の読めない奴だな」って、みんなから評価されることでリスクを負うことになる。
でも最初はぜんぜん話せなかった人もだんだんポイントを抑えて面白い話ができるようになる。よい意味で練習の場になるのだと思う。
ゲストスピーカーのビースタイル三原社長の話はすばらしかった。今後の発展も間違いないと思う。上場するときは是非株を買いたいと思う。
今日は2ヶ月に1回のリーダーズの会合。今日のゲストスピーカーはパートタイム派遣事業で女性の社会進出の支援を行い急成長を遂げている、ビースタイルの三原社長だ。
現状参加メンバー数は、35名ほど。この2ヶ月にいろいろなことがあったので皆さんの近況を聞くのも楽しみです。
ちなみにこの会合は、1回こっきりの会費を払えば基本的に誰でも参加できるので、ご興味のある方はどうぞ。
会のホームページです。
http://leaders21.jp/index.htm
以前ホームページで飛び込み参加した主婦の方が、2回目の参加のときのゲストスピーカーが民主党の当時の代表の菅さんで、飲み会で横に座ってたくさん話していた。
ふつうそんな経験いきなりないと思うけど。
でもそんなことが起きちゃうのもこの会の魅力。今日はどんな出会いがあるでしょう!
新卒向けのセミナーがはじまる。このタイミングから本格的に新卒採用をするのはエムエムにとっては、初めてだ。またこの4月には3名の新卒社員を迎える。
先日マザーズに上場したドリコムの社長はまだ20代半ばだ。昨今ベンチャー企業を中心に20代後半から30代の経営者がたくさん活躍するようになった。私はもう十分おやじの部類だ。でも面白いのはベンチャーの会合にいくと年長者扱いされ、普通の中小企業の集まりに参加すると若手と言われる。まー個人的にはどちらでもよいのだが。
でも若くして経営者になるなど活躍できる人って、何が違うのだろうと思う。もともと天才的に仕事が出来るのか?もちろん素養もあるとは思うが、結局は量なんだと思う。20代のうちにだいたい平均すると人の3倍以上の仕事量またそれにともなう成功と失敗を経験しているということだ。よく会うの若手経営者をみてもみんなそうだ。
ここで重要なのが働くことに対するスタンスだろう。少なくとも20代のうちに損得とか、どっちが楽かとか、ましては自己防衛的な保身を考えるべきではない。仕事をするスタンスは「何が一番自分を成長させるか」の一点であるべきだとと思う。「あいつあんなの受けちゃって大変だな・・」なんて仕事を請けられたら狂気して喜ぶべきだろう。
自分が発足した「どかーん」というサッカーとフットサルをやるチームがある。
もう創設して10年以上たつ。はじめたころはサッカーの初心者も多く、インサイドキックの蹴り方とか教えていた。練習中心の合宿とかも行った。フットサルの大会も主催して、2回優勝した。一度目の優勝の時は私がキャプテンだった。
いろんな人が参加して来て、ホームページも出来てキャプテンや事務局も変わりいまだに週に1回くらいは集合してサッカーボールを蹴っている。アライアンスしているチームも3チーム以上あり全部あわせるとかなりの人数になってきた。
最近私を筆頭に創設からいるメンバーはだいぶ年をとって来た。現役の大学生もいるので動きの切れには格段の差がある。それでも当時からチームコンセプトは「楽しくやる」だったのでサッカーが好きならいろんな人がいても続いてきた。
もう一つ「リーダーズ21」という異業種交流会みたいな会も立ち上げて、引き続き会長をやっている。これも一回こっきりの会費制でいつやめていもよいようなコンセプトにした。参加規準もかなりいいかげんである。
何かのことを続けようとするとある意味では「いいかげんな事」が肝要なような気がする。妙に力が入ってちゃんとしようとしてルールとか決めようとすると、なんだか堅苦しくなって続かない。やっている方も負担になる。いいかげんな感じで多くの違う感じの人を受け入れられるような雰囲気が大事なのだろうと思う。
この2つの会がどのくらい続くのかが楽しみである。(もちろん会社もだが)
先週の金曜に社長食事会をまたやった。お店のセッティングも含め満足している。
普段話さない事業部の人どうしがそれをきっかけに話し出すのがとても嬉しい。
家に帰って自分の部屋でベッドに横になると、目の前の壁に妻と娘の絵が飾ってある。昔家族の絵を全部描こうと思って、水彩を油絵っぽくして描いた。
別に絵を習ったことがある訳ではないので、どうやって描いたかと言うと。
まずサンプルになる写真を選んで、目とか鼻の位置を定規で測って、それをキャンパスに同じ倍率でかけてしるしを付けていく。そしてちょっとずつ絵の具を入れていく。こうやって描けば素人でも何とか絵になる。
人の顔をそこまで真剣に見ることはないなとその時思った。微妙なしわやホクロの位置とか。瞳の中の模様とか。クチビルの端の上がり具合とか。おかげで家族の顔が詳細に頭の中にインプットされた。
クチビルの端にちょっとだけ絵の具を入れて、そして少し離れて見ると微妙に表情が変わる。デジタルがアナログな感じのつながりを実感できる。
でも夜中に目が覚めると、暗闇の中で目の前に妻の絵がボーと見えるとなんだかちょっと怖い・・・。
今あるアライアンス案件で営業系の役員をやれる方を探している。
2週間ほどまえの月曜に仕事を終えて帰ろうと西新宿を歩いていると5年ぶりくらいにある人とばったり会った。よく考えてみるとその人は今求めていることにぴったりの人物だった。そしてすぐにその方と飲みに行った。
10年くらい前にお世話になっているツナミの呉社長が、ワタミフードサービスで管理部門担当の常務をやられていたときに「新卒採用を任せられる人事の責任者が欲しい、どっかに良い人がいないか」と、真剣に考えていたら突然そういう経験のある方から転職したいという連絡が来たそうだ。
人間何かを真剣に念じていると多分感性にみがきがかかって、そういう人と出会うことになるらしい。まずは真剣に思うことなのだろう。
昨日はバレンタインデーだった。だからと言って何もないが・・。
執筆の第1稿を出版社の編集の方に読んでいただいて昨日打ち合わせをした。内容や書き方については概ね今の方向性でよいようだが、多少の修正と何よりもボリューム的に今の倍くらいの量にして欲しいとの指摘があった。
ということで第2稿を書き始めなければならない。3月中には書き上げて、5月くらいに出版の予定である。
小説家ってすごい分量書くけど大変だなと思う。詩とか短歌とか俳句のほうがよいかな。そういえば昔石川啄木が好きだった。
「働けど、働けどわが暮らし楽にならず、じっと手を見る・・・」
「こころよく我にはたらく仕事あれ、それをし遂げて死なむと思う・・」
タクシーに乗るとタクシー広告で「社長が犯人です」という小冊子がある。ワイキューブというコンサルティング会社の広告だ。
ワイキューブの安田社長の経営セミナーに行ってきた。安田社長とは、1年くらい前に、就職セミナーのパネルディスカッションで、ネットエイジの西川社長ら数名とご一緒させていただいた。
安田社長は会社を起こして16年。ほぼエムエム総研と一緒だ。最初の10年くらいはなかなか売上が伸びず、一度大勝負をして失敗し大変な苦労をされたようである。でもその経験から経営の本質のようなものを掴まれたようだ。
安田社長曰く、会社は起業しても10年で9割の会社が無くなる。これは一般的には常識と言われている判断を多くの社長がするからそうなるのだ。逆に言えば非常識な判断をした方が残りの1割になる可能性が高い。
安田社長のお話を聞いていて、常識と本質の違いについて考えさせられた。「普通は~」とか「みんなは~」とか、どうしても常識的な判断を求めてしまう部分も多い。でも変革の時代においては今までの常識で判断するほうがリスクが高い場合もある。何よりも自分の中に独自の判断基準と信念をもち、本質を見極め、多くの人が反対しても自分の直感を信じる勇気が必要だと思う。
9割の常識的な判断をする大衆ではなく、未来のために革新的な判断の出来る1割の人間でありたい。
長女の未来(みらい 高1)が、バイト(松屋)を初めて2ヶ月がたつ。そして、初めてのお給料をもらった。ちょっと前から冗談で「みらいの初給料が出たらみんなにおごってね!」と言っていた。
ということで昨日の日曜。「今日はみらいのおごりで外食だ!」という事に。
松家の一食分×家族分で2000円くらい出すと本人が言う。でも、日曜の夕食に松家は少しさびしいので、残りはパパが出すことにして、みなでファミレスに行った。(最近はそれぞれの子供たちが、何が食べたいと自己主張するのでいろいろあるファミレスが意外と便利なのだ。)
みんなが勝手に食べたいものを頼み、わいわい言いながら食べて、テーブルの上のレシートを見ると生ビール2杯が入って5957円。みらいが2000円払うので残りを払おうとした。
その瞬間「パパのビール代以外はみらいが払う!」
ということで私は957円で済んだ。なんと太っ腹な娘なのだろうと心の底から感動したのであった。みらいご馳走様!。このジョナサンのレシートは記念にとっておこう。
昨日の夜は経営者数名が集まる勉強会。昨日はあるライフプランナーの生い立ちと保険に関する話を聞いた。その後はみなでアジアン料理を食べに行った。
11時ころ1次会がお開きになり、私はそのライフプランナーの強い希望もあり、彼を女性のいるお店に連れて行った。いわゆるキャバクラである。
2年位前、友人に赤坂でキャバクラを経営している東大出身の社長がいて、「BCDAの法則」という話を聞いていた。初めてのお客がキャバクラに来ると、女性のランクとして(女性には大変失礼な話ではあるが)、B→C→D→Aの順番でつけるというものである。そうするとそのお客様は一番リピートするらしい。ようはあたりさわりのないBクラスの女性からはじまり、少しランクを落として、最後は最高ランクの女性になって「バイバイ またね!」となる訳である。最後に満足度を上げて帰すということである。うーんキャバクラも科学されているなと思った。
2人で席につくと、最初の女性がついた、そして次の女性、また次の女性、うーん なるほどDか。よし次はいよいよAだ。と思ったら閉店で、そのお店はDで終了してしまったのでした。
ライブドア事件しかり、姉歯事件しかり、企業のコンプライアンス(法令遵守)に関する議論が活発になっている。法を守ることは、もちろん重要。ただ最近の事件をみるにつけ、それ以前に、企業として株主やお客様、従業員などに対するスタンスをちゃんとしなければと思う。
社会性を持った企業として、企業人であるまえに人として、株主やお客様、従業員に対して、嘘をつかない、事業に全力を尽くし、約束を守るといった基本的な倫理観を持って行動することが重要なのでは。
法の網の目をくぐることと、監視することによる、だまし合いのようなマネーゲームに参加するのではなく、ちゃんと事業をしていたいと思う。
サッカーの試合で選手が怪我をして倒れると、選手の誰かが一度ボールを外に出し、ゲームを中断する。そして再開のときは、ボールを出した方のチームに敵側がボールを返す。これは決してルールブックには載ってはいない。
どのレベルの怪我ならとか、どういう試合展開ならということも含めて、試合に出ている選手が自己判断する。監督からも支持は出ない。
でもそういった振る舞いから観衆はそのチームがどんなチームなのかを判断し、そして応援すべきチームかどうかを決めるのだと思う。
思い込みが強く自分の考えが正しいと盲目的に信じている人がいる。というか誰でもそういう状態になることがあるのだと思う。
自分自身も過去を振り返ると、あとでちょっとな?って判断をしているときはそういう時が多い。友人のあるパートタイム派遣をやっている会社の社長が、年末の飲み会で「自己客観性」というキーワードを使っていろいろと話していた。
昔ある上司から「何かをふり返るときは自分の姿も入れて想像してごらん」と言われたことがある。
例えば昨日行った営業の商談場面をふり返るときは、自分から見えているお客様の顔を想像するのではなく、その商談場面を上の方から見て自分がどんな表情でお客様に話していて、それをどんな風にお客様が聞いていたかを想像するのだ。まるでそのシーンをビデオでとって、それを後から見るような感じである。そうするといろいろと自分では認めづらいことも見えてきて、「あーこのときはぜんぜんお客様の気持ちや反応を考えずに対応しているな」とか、普通に思える。
これはすべてのシーンに応用できるので、昨日の飲み会をふり返る、会議の場をふり返る、恋人との喧嘩のシーンをふり返るなどの時に使える。少し照れくさくなる感じがちょうどいい。
でも自己客観性でもっとも大切なことは「自分は自己客観性が低く、簡単にそういう風には思えないんだ」と考える自己客観性だと思う。そうして他者の力を借りることだ。自分は客観的だと言う人は、最も自己客観性が低いのだと思う。
今日は、エムエム総研の下半期キックオフである。全社員があつまり上半期の振り返りや表彰と下期計画や方針の発表を行う。これも何回かやってだいぶかたちになってきた。全体会議のあとは、簡素なパーティを行う。ゲームなども織り交ぜて賞品も出す。
毎回担当するスタッフは、司会にかり出される社員の人は大変だが、これも経験と頑張って欲しい。結局どんなことも参加する人ではなく企画運営する人が一番学ぶ。
「機会によって自らを変えよ!」である。
神奈川にツナミというベンチャー支援組織がある。高校時代の友人であり、エムエムに出資してくれているVCの社長の呉さんが5年前に立ち上げた。
昨日その会の新春賀詞交換会が、横浜はみなとみらい21のホテルでえあった。いちおう毎年いっているが、2~3年前にすごいピンチがあったのを知っているので今の盛況ぶりを見るとなんだかとても嬉しい。
呉さんのスピーチもなんだかとてもいたについてきた。すごく話がうまそうじゃないのが、真実味があってとてもいいと思う。その後話したファンケルの池森会長やアオキインターナショナルの青木社長はやはり話がうまい。年のこうだろうか。
今後もツナミを応援していきたい。呉さんは人生にいいテーマをもっていて幸福だと思う。来年は上場した会社の代表として壇上に上がりたい。
直接お会いしたことはないが、福岡ダイエーホークスの経営を再建した高塚さんはリクルートの先輩にあたる。高塚氏のモットーの「過去と他人は変えられない。変えられるのは自分と未来だけである」は好きな言葉だ。
幕末の志士高杉晋作の辞世の句「おもしろき、事もなき世をおもしろく」というのも結構好きだ。
映画のラストシーンでは、ちょっと古いけど、たしか草刈正雄とオリビアハッセーが共演した「復活の日」という映画。たしか核戦争とかで人類がほとんど死んじゃって、なんだかいろいろあって愛し合っていた草刈正雄演じる男とオリビアハッセーが、アラスカとアルゼンチンの南端に離れ離れになってしまう。
3年後、南北アメリカ大陸を歩いて縦断してきた草刈正雄が、海岸でオリビアハッセーと再会した時、抱き合って息たえだえになりながら「ライフイズワンダフル(日本語訳はたしか 『人生、捨てたもんじゃない』 だったと思う)」とつぶやく。なんだかこの言葉も好きだ。
誰でも人生に影響を受けた言葉を持っている。でもその言葉自体よりもどんなシチュエーションで誰の言葉だったかも重要。何よりも自分がその言葉と出会った時にどんな状態だったのかがポイントなのだろう。